なんでもよし。

最早、何でも良い。

Loveは、厳密には愛と同義ではない。

約2年ぶりに、鞍馬寺に行ってきました。

 

叡山電鉄鞍馬山へ入山し、すぐに帰るつもりだったのですが、

何となく「魔王殿まで行ってみよう」と思い、

登り始めたら、結構遠かったです。

 

結局、そのまま貴船神社まで降りた方が早い、となり、

楽なルートとはいえ、鞍馬山を超える事になりました。

 

貴船神社に着いたら着いたで、貴船口までの路線バスは、混雑しる時期だし、

面倒なのでバスに乗らずに、40分かけて、貴船口まで歩きました。

 

3時間くらい、ほぼ休憩なしで歩いたので、ちょっと疲れました。

 

 

 

ところで、最近、「Loveは厳密には、愛と同義ではない」と知り、

非常に驚いています。

 

愛は、「足取りが重くなるほど、切ない思い」なのに対して、

Loveは、「聴く(Listen)、全体を見渡す(Over look)、Voice(声かけ),

Excuse(赦し)」となっています。

 

kanjinonaritachi.com

 

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この「Love」を「愛」と訳したのは、誤訳だというのは、

どこかで聞いた事はあるのですが、

それにしたって、そんなに大きく変わりはしないだろう、

という程度の理解だったのです。

 

それにしても、この「Love」という言葉は、どちらかというと、

「共感」とか「相互理解」という日本語に、近いように感じました。

 

そして、この「Excuse」に当たる「赦し」という日本語ですが、

私はこの言葉が、どうも大袈裟すぎて、とても苦手です。

 

「Excuse」という言葉は、「言い訳」などとも訳されていたので、

個人的には、「赦す」という言葉より、

「大目に見る」という言葉の方が、日常的に使いやすいように思いました。

 

ですので、聴いて、全体を理解して、大目に見ながら、話し合う、

と考える方が、個人的にはしっくりきます。

 

 

 

それにしても、日本語の愛は、

何でこんなややこしい事になっているんでしょうかね。