なんでもよし。

最早、何でも良い。

月の不足感を解消したいなら、自分のリリスを理解して受容する必要性がある。

以前、月の欠損論に関して「何となくフロイト神経症理論っぽい」という

記事を書きましたが、その理由がもしかしてこうではないのか?と、

ふと思いついた事がありますので、書いていこうと思います。

 

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dragon-cosmos.hatenablog.com

 

 

 

 

ある時、私は月星座とリリスの関係性について、考えていました。

 

その時に、月星座というのはもしかしたら、

自分が生まれてきた地球星座という環境から、

物事をよく見るための「拡大鏡的役割」を果たしているのではないか、

と何となく感じました。

(月星座が山羊座なら、社会とか組織とかの良い所も悪い所も、

拡大して見てしまう)

 

たとえば、現実世界において、PCで何かの記事を読みたい場合、

近視や乱視、老眼などを抱えた状態で、

裸眼のまま、その記事を拡大するとどう見えるでしょうか?

 

拡大しようがしまいが、元々の目の機能が正常に働いていないので、

きちんと読むことはできないでしょう。

 

 

 

では、リリスはどうなんでしょうか。

 

リリスというのは、欲求や本能を表す、といわれていますが、

欲求や本能自体には、良いも悪いもありません。

 

それが、生命維持活動に通じる側面を持ち合わせますし、

自分自身を正当に扱うためのエネルギーにもなり、

人間の場合は特に、渇愛というものを生み出すきっかけにもなり得ます。

 

さて、それでは自分の本当の欲求や本能をよく理解して、

それを受容した状態で、

地球星座から、月星座という拡大鏡を覗くと、

どんな風景が見えるのでしょうか?

 

 

 

月を欠損と感じてしまうのは、自分のリリス(欲求)を不自然な形で

過度に抑圧してしまっているからこそ、

月星座に歪み(神経症)として現れてしまっている現象なのかもしれません。