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獅子の拠り所。

こんにちは、Space-radです。

 

今回の記事では、「獅子座とは何か?」を考えていきたいと思います。

 

 

 

「獅子座」というと、どうも私は日清戦争だとか、

英国の獅子心王だとかを連想してしまうのですが、

実際の所、獅子座というのは一体何を表しているのでしょうか?

 

西洋占星術の元となっているのは、

ギリシャ神話のヘラクレスに退治された獅子の事ですが、

ここでは、そういう話は省略します。

 

獅子のつく言葉、というものを少し調べてみますと色々ありますが、

その中でも特に心を惹かれたのが、「牡丹に唐獅子、竹に虎」です。

 

www.rinnou.net

 

要するに、獅子や虎は拠り所があるからこそ、

その強さを遺憾なく発揮できる、という事なのでしょう。

 

そして、その拠り所は他ではなく己に求めよ、

となっています。

 

しかし、私個人としましては、自分の太陽星座、

獅子座としての誇りを自分の中のどこに置くか?で、

随分迷っているような有様です。

 

これは恐らく、私の個人天体やアセンダントなどに

風の星座が密集しているせいだと思われます。

 

風の星座がたくさんあるのなら、これからの「風の時代」を

楽に生きていけるか、というと、どうもそんな安直な感じはしないのです。

 

風星座が多いせいかどうかは分かりませんが、

色んな情報が、一気に自分の中に入って来るような感覚を覚える事は

良くありますので、不要な情報の遮断を意識的にやっていかないと、

無駄に迷う元になりかねないのです。

 

 

 

今までの自分の人生を考えてみると、

個人的に強く感じるのは、「月星座山羊座と水星星座乙女座」を

フルに使って生きてきた、という感じです。

 

「看護師」という職業を通して、私が一番強烈に自分の中に

取り込まざるを得なかった要素というのが、

「WHO(世界)が提示する、健康に対する定義が大前提として存在し、

その前提を、日本政府が解釈して法律として成立させ、

更に地方行政がその法律を利用して、必要な病院機関を作り、

その前提や法律を下敷きに、各病院機関がそれぞれの理念を創り上げ、

病院組織で働く人々が、その理念を現実レベルに落とし込み、

患者がその恩恵を受ける。」

という、上から下への一連の流れです。

 

この様な事を書くと、もしかしたら、

「そんなのは、地の時代の産物だ。前時代的だ。」

と言われてしまうかもしれません。

 

いかにも集団組織的な考え方で、

これからの時代には合わない、と思われる方もいるかもしれません。

 

ですが、地の時代はそんなに「良くない時代」だったのでしょうか?

 

自分を抑圧しすぎて、心身ともに病んでしまうのは良くない事ですが、

責任を持って自らの役割を全うする事や、欲しいものの為に努力をする事は、

決して悪い事ではないと思うのです。

 

「物質主義社会、あるいは資本主義社会が悪だ」

と言われる昨今こそ、上記の社会制度とは、一体人間に何をもたらし、

何をもたらさなかったのか?を、よく考えて、

それを根拠となし、風の時代に備えるべきだと思うのです。

 

 

 

少し話が逸れてしまいました。

 

獅子の拠り所について、もう少し深堀していきたいと思います。

 

この「己を拠り所とする」というのは、

自分の出生時のホロスコープで考えてみると、

たくさんある風星座を利用して、情報収集を行い、

水星乙女座(地星座)で情報の整理と分析をし、

山羊座(地星座)でその分析結果を現実化するためのプロセスを構築し、

太陽獅子座(火星座)でそれを創り上げる、

という個人システムを持ってるんじゃないかな?という風に感じるのです。

 

しかし、ここで問題になってくるのが、私のホロスコープには水星座が少ない、

という事です。

持ってることは持ってるのですが、天王星に1つあるだけです。

 

水星座(感情)が少ないので、どうにも感情の仕分け作業が、

ものすごく苦手なのです。

 

水星座は、かに座の「feel」蠍座の「desire」と魚座の「believe」で

構成されていますが、「desire」以外の要素は自分と最も縁遠いように

感じます。

 

水星座が多い、或いは強い方は、世界がどんな風に見えてるのか、

そんな事を思ったりする事も、度々あります。

 

ですので、「あなたの好き(嫌い)は何ですか?」と聞かれると、

返答に困る事があります。

 

私の太陽星座獅子座の拠り所を作るためには、

やはり自分のこの「好き」を明確にする必要性を強く感じ、

「水」の要素をもっと積極的に取り入れていった方がいいんじゃないか、

という気はしますね。

 

「嫌いじゃない事」はそれなりにありますが、

「大好きな事」ってなんだろうなと、最近よくテーマとして考えています。

 

そして、それが恐らく私の中の獅子の拠り所となるものなのでしょう。